【障がい者コラム】誰もが○○になる?日本の将来

【障がい者コラム】誰もが○○になる?日本の将来

はじめに

障がい者生活のセイタロウです。
このブログのこの記事をご覧くださりありがとうございます。

私は、頚椎損傷(受傷部位:C6)四肢麻痺という比較的重度な身体障害がある手動車いすユーザー です。

幸い頭は何とか無事だった?…ので、普段は障害のある方々の支援をする某障害者生活支援センターに勤務して相談支援業務を行っておりますが、そういった日々の業務経験を積み重ねるうちに、いつしか社会保障制度や社会福祉全般に詳しくなり、気が付けば社会福祉士という資格も取得することが出来ていたのです。

そんな私セイタロウが、そういった仕事を通じて、身体、知的、精神という障害がある方々の支援をさせていただくうちに、今まで気が付かなかったような様々な世の中の仕組みのようなものに注目するようになりました。


参考
セイタロウのプロフィール障がい者生活管理人&著者セイタロウの自己紹介

今後それら内容についてはこの【障がい者コラム】のコーナーで徐々に紹介していこうと考えております。こういった内容に、ご興味がある方やない方にとっても、“へぇ~”と言っていただけるようなお役にたてるような内容を目指して情報発信していきたい所存でございます。

日本人の障がい者認識

突然ですが、障がい者と聞いてどのような状態の方を思い浮かべるでしょうか?

歩行能力が不自由で車いすに乗っている方?、目が不自由で白杖(はくじょう)を突いているか盲導犬を利用されている方?、耳が不自由で手話や筆談などを使ってコミュニケーションを取られている方?、でしょうか…。

おそらく多くの方が上記で挙げられたような、身体機能のなんらかに障害がある身体障がい者のことを思い浮かべたのではないのでしょうか?

私が考えるにそれは、現在、日本国内の多くの学校で進められている福祉教育プログラムの殆どが、車いす利用者(肢体不自由者)、視覚不自由者、聴覚不自由者、に対する身体障がい者の生活を理解するためのプログラムに沿って進められているから、というところに起因し“障がい者とはこんな人々”と刷り込まれた結果、多くの人々が障がい者と聞かれて思い浮かべる“障がい者像”を作り上げているのだと私は考えます。

もちろんご家族に知的障害や精神障害のある方がいらっしゃる方などは、障がい者といっても身体が不自由な方だけのことを指すのではないと理解されてはいると思いますが、現在の上記のような理由よって、現代社会に生きる殆どの方は『障がい者=身体障がい者』といった発想が世間の常識として定着しているように思います。

車いす社会福祉士でもある私の個人的な理想としては、身体、知的、精神、難病など多くの困難を抱えている方がこの世の中にはたくさんいらっしゃるので、身体障害に限らない多くの生活困難を抱えている方のことを知っていただきたいという思いと、障がい者、健常者、高齢者、子供、外国人と、様々な多様性を持つ方々暮らすこの社会を、どうすればより良い社会になるのか一緒に考えていただきたくてこのような記事を書いていみました。

さて、話は先程の福祉教育プログラムに戻りますが、まずは、そもそもなぜ、身体障がい者だけが福祉教育プログラムの対象となるのか?について考えてみたいと思います。

当然、ここまでお読みいただいた方は日本の福祉教育プログラムが、なぜ身体障がい者なのか?といった疑問が頭の中に生まれているはずですが、それには日本国内独自の仕組みと数字のからくりが関係しているようです。

福祉教育プログラムについて

理由①:日本の家屋構造による社会的弱者

まず①の理由に挙げた、伝統的日本家屋構造において、靴を脱いで土間から高床構造の屋内に上がる行為として、足が不自由で車いすに乗る方にとってこれほど暮らしにくい住まいはなく、そのような高床構造が多かった日本建築文化において、最も社会的弱者となりうるのがやはり車いす利用者といえるでしょう。

したがって、日本社会において最も障がい者としてあてはまる人物像は「車いすに乗った人」ではないのでしょうか。

理由②:明らかな社会的弱者は手助けしやすい日本人の心理

次に②の理由に挙げた、明らかな社会的弱者については、そもそもの日本人の気質として努力しているかしていないかで、その方の善悪を判断する傾向がある民族性があります。

しかし、車いすに乗っている身体が不自由な方はもちろんのこと、目が不自由で白杖をもっている方や、手話を使ってコミュニケーションを取っている方などは、その方の努力をもってしても社会で生活していくことが困難であるとのイメージを、比較的容易に「努力したくても出来ない人」結びつけることが出来ます。(あくまでもイメージの話なので、実際に努力できないと断言している訳ではありません。)

余談ですが、聴覚が不自由な方だと、手話や筆談をし出した途端に、周囲の方々がやさしくなって支援してくださるといった行動変化も良くある出来事なのです。(だから知的障害や精神障害だけでは支援が受けづらいとも言われています。)

したがって、明らかな見た目で判断しやすい身体障害のある方の方が、日本人の民族性として支援しやすい条件が整っているといえるのです。逆にいえば、明らかに困っていることが判断しずらい方については、手を差し伸べにくいといった日本人独自の民族性もあります。(地域性もありますが概ねこういった民族性が当てはまります。)

理由③:身体・知的・精神の障がい者数では身体障害の方が一番多い

最後に③の理由に挙げた内容としては、やはり身体、知的、精神と比較すると一番人数が多い障害が身体障がい者(児)ということが大きく影響しているといえます。

それは、身体障がい者(児)ここの人数が多いということは、必然的にその方々のご家族や支援する方々もその後方に控えているということになり、当然、それら方々の支援団体も知的や精神の方々の支援団体と比べて多いといえます。支援団体の数が多いということは様々な意見も活発に発信する機会も多くなり、しいては障がい者支援のムーブメントも起きやすいという流れが起きること容易に理解していただけると思います。やはり数が多いということは、その数の理論でことを推し進めやすくなるので、身体障害のある方々の支援に対して様々な方向へ圧力をかけやすくなります。日本が民主主義国家ということもその数の理論が通しやすい理由の一つですね。

したがって、上記3つの理由によって、教育としての福祉教育の基盤整備がされていき、現在の福祉教育プログラムへ繋がっていったものと私は考えているのです。

身体障害以外の障がい者

冒頭でも記した通り、この世の中には、身体、知的、精神、難病など多くの困難を抱えている方がたくさんいらっしゃいますが、現代社会において障がい者といわれる方々は身体障害に限ったことではないことは、多くの方々がご理解されている事実ですが、実はこの十年、日本の総人口は減少をしているものの、障がい者総数は増加しているという事実はご存知でしょうか?

実はこれ、まだ世間ではあまり知らされていませんが、事実は内閣府から毎年発表されている「障害者白書」をご覧いただければわかります。ちなみに発表内容はこちら↓

◆内閣府発表の障害者白書

  身体障害児・者 知的障害児・者 精神障害者 総数
平成19年 351.6万人 54.7万人 302.8万人 709.1万人
平成29年 392.2万人 74.1万人 392.4万人 858.7万人
10年間増加数 40.6万人 19.4万人 89.6万人 149.6万人
注意

内容はもちろん事実ですが今後この総数が増加するか減少するかを証明するものではありません

上記表のここ10年の総数の経緯を読み解くと、近年になって発達障害の分野研究が進んだことにより、一昔前なら“変わり者”扱いされてきた方々も障がい者認定を受けられるようになったこと。精神保健福祉分野で、ストレス社会の激化から精神疾患と認定される精神障がい者も急増したこと。高齢者分野で、認知症(若年性認知症)も精神障がい者として認定を受けるケースも増えてきとこと。以上がここ10年で障がい者の総数が増加した要因たと分析しています。

ちなみに平成19年当時は、20人中1人が障がい者という比率でした。

しかし、平成29年の日本総人口1億2671万人を基に、同年の身体、知的、精神の障がい者総数858.7万人で比較すると、日本の総人口中6.8%が障がい者となります。

つまり、平成29年は、15人中1人が何らかの障害がある方、という比率になり、このままの流れで行けば、今後、日本の総人口に占める障がい者の総数はますます増加となっていくでしょう。

実は私が社会福祉の現場で目の当たりにしているリアルでは、更なる現実を感じざるを得ないのですが、一般的に健常者といわれる方の中にも、実はまだまだ多くの“知的障害”や、“精神障害”の定義に当てはまる潜在的障がい者が多くいらっしゃると言われております。

そういった障害の定義に当てはまらなくてもギリギリセーフ(いわゆるボーダーライン)の方や、認知症予備軍などの高齢者を含めると、健常者と何らかの障害がある方の比率はさらに低くなり、徐々にそういった健常者とか障がい者とかを区別する意味すらなくなって時代が訪れるとすら思えるのです。

そうなればいずれ誰もが障がい者と成りうる存在という認識が、現在よりもより一層色濃くなり、いつしか「障がい者」という特定の人に特定の言葉を使うことすらナンセンスとなって、誰もが「人」、それ以上でもそれ以外でもない人々が暮らす共生社会が当たり前の世の中が、訪れるかもしれません。

これから訪れる時代に向かって、あなたはどのように向き合い、どのように行動を起こすでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。セイタロウ。